クルマエビのヒゲキ

クルマエビのヒゲキ

 その寄宿生たちは、揃いも揃って怪談を聞かされたみたいに真っ青でぷりっとした尻と、はちきれんばかりの好奇心とをぴっちぴちのボクサーパンツの中に仕舞い込んで、卑猥な言葉を叫びながら寮内を走り回っていた。

 そんな15歳にも満たない寄宿生にとって、車海老の寮母というのは、まさに彼らの好奇心と残虐性との対象になるのには格好の的であったのだ。幼い彼らには、車海老の寮母という生き物がただライスを大盛りによそってくれるだけでなく、もっと愉快な暇潰しを与えてくれるということをきっちり承知していたのだ。

 何よりもまず第一にその模様であった。
 世間一般が言うにはそれは車輪であるということだったが、車海老の寮母本人は、それがタイガーであると断固譲らなかった。もしあれが世間一般にタイガーであるとあまねく信じられていれば、インドの森の虎たちは残らず自分の縞模様をたまらなく恥じて、こけつまろびつ医療脱毛のため病院に転がり込むことだろうに。

 第二に、車海老寮母のだらしなく垂れたヒゲが、にょきとまるで釣りでもするみたいに伸びているという点である。

 たとえば昼食にカレーを皿に盛っている際に、車海老のヒゲが誤ってずぶりとカレーの泥沼の中に垂直に突き刺さっている時など典型的である。

「おい、おばさん」と中学生はしんねりむっつりした声で言う。
「いったいどういうつもりだい、おヒゲのカラーリングでもしているのか? おれはキレやすいんだぜ。口元に締まりがないやつを見ると、ついついヒップポケットから鋭いナイフを取り出して見せてやりたくなる。今すぐそのヒゲを引っ込めな」

 車海老の寮母は嬉しそうに言った。
「え、なんだい、あたしに何か見せてくれるって?」
 車海老という生き物は、ヒゲがカレーの中にずぶりとはまりこんでいる時なんかには特に、聴力は耳栓をして熟睡しているくらい鈍くなってしまうのだ。

「ナイフでそのおヒゲをちょんぎらせてもらうぞと言ってるんだよ」
 まだシェービングクリームを買ったこともない中学生はすごんだ。

「あら、ヒゲが欲しいのね」と車海老寮母は微笑んだ。
「大丈夫大丈夫、心配しなくてもそのうちあんたも生えてくるわよ」

「くそったれ!」
中学生は車海老寮母のヒゲをカレーから引っこ抜き、ぴしゃりと叩きつけた。

 問題は、車海老寮母が、すべての寄宿生のカレー皿にヒゲをどっぷり漬け込んでしまうほどに無神経であるということである。おまけに車海老寮母は、自分が、寄宿生たちにとっての第二の母親として親しみやすく、人気があり、微笑ましい愛の告白がやがて頬への接吻となって与えられると確信していたのだ。

 もちろん、とびっきり不潔なヒゲをカレーの中にラッキョウかズッキーニみたいに漬け込む寮母に、彼ら寄宿生たちが愛の囁きを与えるわけがなかった。むしろ反対に、寄宿生たちは、車海老寮母をどうにかして解任させるか、ヒゲを引っこ抜いてやるか、いやいやいっそピクニックにでも連れ出して爆弾を仕掛けたサンドウィッチで粉微塵にしてやろう、などという画策を四六時中ひっきりなしに集会を開いて囁き合っていた。

 そして、冬のある日だ。寮母のヒゲと手足もろともすべてが誤って海鮮スパゲッチの中にずぶりと入ってしまった時、寄宿生たちは微笑ましく集会を開くだけではもう我慢ならんとついに思い立ったのだった。さすがに慌てた寮母は皿から身を引こうと腕を振り回したのだが、ハエ取り紙に絡まったハエさながら、もがけばもがくほどにスパゲッチが無残に絡みつき、複雑に入り組んでぐるぐるに巻かれ、ほとんど痛ましいミイラのようになってしまったのだった。

「おれのスパゲッチに何してくれてんだ!」

 寄宿生たちはとうとうキレた。大いにキレた。周りにいた関係のないやつらまでぞろぞろ集まってきて、日頃の怒りを爆発させ炎のように燃え上がった。口々に寮母の悪口を並べたてたのだ。

 これには、スパゲッチにヒゲを突っ込んで聴力のきかない車海老寮母もことの重大さに気づいた。なにせ、ヒゲを引っ張られ、頭をぼこぼこ叩かれていたのだ、気づかないわけがない。寮母はたまらなくなっておいおいと泣いた。

 と、そのときである!

「寮母のおばさんを苛めるやつには、今後一切サンタクロースはやってこないよ!」そう言いながら寮の扉を勢い良く開いたのは、半年に一回の授業参観にやってきた寄宿生たちの母親の群れだったのだ。

「ここに来るなよ、ババア! プレゼントは間違いなくもらうからな!」寄宿生たちは声を荒げた。毎年クリスマスの夜にやってくるプレゼントと上級生のミニスカートだけを寮生活の楽しみに生きてきた彼らである。その一方をもがれては生きている意味がないではないか!

「あんたたちのパパにも報告しますわ、パパは間違いなく激怒。パパにプレゼントなんて金輪際買ってやらないよう進言しますわ! 家計は火の車なのよ、まったく!」

魚卵のように群れた母親たちは口を揃えて叫んだ。

「おい、ちょっと待て、なんだって!」

 しかし、何もプレゼントのないことが彼ら中学生たちの胸を張り裂けさせたのではなかった。彼らの胸を張り裂けさせたのは、クリスマスプレゼントをサンタクロースなる白ヒゲの太っちょが白い袋から取り出すのではなく、実の父親が玩具店を駆けずり回って購入していた、という事実なのであった。それは幻滅と無味乾燥とを彼らにもたらした。彼らは複雑な感情を持て余し、はちきれんばかりになっていた。しばらく寮母のおいおい泣く声だけが響いていた。

やがて「母さん」と、普段とは1オクターブも低い声で寄宿生のひとりが静かに言った。
「迷惑ばかりかけて悪かったよ、母さん。車海老の寮母さんにはたっぷり謝るよ。それにサンタはいない、パパがサンタだってことはよくよくわかったよ。僕たちは大人にならなくてはならないんだね……」

 彼の体内で大きな変化が起こりはじめているのだ。さらに、さらにである。内面の変化はやがて体外へと広がり、彼の口元から、ぼっと髭が生えてきたかと思うと、やがてにょきにょきと雑草のような恐るべき成長速度で伸びて、剃刀なしではやっていけないくらいの長さと濃さになったのだった。

 他の寄宿生たちは、彼の言葉と体の急速な変化にはっと気付かされるものがあったらしい。

「母さん」
 彼らは口を揃えて心を入れ替え、自分がとっていた行動や考え方がいかに少年的で、無反省だったかを恥じた。少年たちは皆、声変わりしておまけに髭が伸び放題になっていた。

 寄宿生たちは力を合わせて、スパゲッチのミイラとなっていた寮母を介抱し、カレーや味噌汁なんかに漬かりすぎて変色してしまったヒゲを綺麗に磨いた。

 彼らは少年から青年へと成長したのだった。

「大人になったのね」と母親たちは我が子の成長に涙した。
「大人になったのなら、もうプレゼントもいらないわね……」

 するとどうだ!
 子どもたちの髭はみるみる皮膚の内側に引っ込んでいき、喉仏は弾けたように消え去った。彼らは地面を転がり回り甲高い声で不平を叫びながら、やはり車海老寮母のヒゲを勢いよく引っこ抜いた。

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