
人の顔が「口」に見える病
僕の頭と目がおかしくなったのだろうか。
人を数えようとする時、その人間の顔が消失し、肥大化した口にしか見えなくなってしまうのだ。
眼科にも行ったが、視力は悪くなく、おまけに看護師に「綺麗な目をしてるわね」とお褒めの言葉までもらえたほどだ。
だとすると、頭が異常なのか……?
その時、ふと、人の数を示す熟語が「人口」であることに気がつく。
そう思えば、普段会話をする時は特に変わったことはないが、人の数を数えるという段になると突然「口」しか見えなくなってしまう理由もよくわかる。
肥大化した口に、臓器を詰めた肉体がぶらさがっているように見えるのも、案外、脳みその親切な拡大解釈なのかもしれない。
昔は食料の確保が最大の命題であり、食料が人の口から摂取されることが「人口」という熟語の由来の一説だが、まさにそれを脳みそが考慮してくれているのだ。
この脳みその親切な解釈のおかげで、得をしたこともある。
呼吸だけでエネルギーを得ている「ブレサリアン」を自称する人間が、鼻ではなく、肥大化した「口」として数えられたため、しっかり食事を行なっていることを暴いてのけることができたのだ。
その後、調べにより、彼らの自宅からキーマカレーとバナナとパスタなどの食事が行われていた形跡が発見された。
他にも色々な見え方があった。
肥大化した「胃」に見える人は胃ろうで、「静脈」が見える人は、つい最近まで点滴を打っていた人だった。

時たま、肥大化した耳や目、ある場合には尻という例もあった。
人間が何をもって生命を維持しているのか、いかに複雑怪奇であるかを日々実感するばかりである。
耳になった老婆は、どうやら孫の声を聞くことが一番の喜びだという。
目は、きっと何かを見ることによって生きる活力にしている人間なのだろう。
尻というのは……あまり想像したくなかったので、それ以上は何も聞くことができなかった。
さて、かくいう僕は、大きな鏡の前に立って映る人の数を数えようとすると、肥大化した「舌」に見える。
もしかしたら僕はアリクイなのかもしれない。

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