愉快なバナナ狩り隊

愉快なバナナ狩り隊

「夜中の月に照らされたバナナは、何だか赤子のお尻のような艶やかさがあって本当にいいなあ、叔父さん、もぎとって食べてもいいかなあ?」

 僕は叔父といっしょに叔父の所有するバナナ園を散策していた。時刻は22時だ。フクロウがホウホウ言い、コウモリがパサパサ飛び交い、蜘蛛たちが暗闇に赤い目を光らせている。

 叔父さんは僕のほうを見ると、にこやかに頷いた。

「いいね、おれはおまえがゴリラみたいに山ほどバナナを食ってくれたら嬉しいんだよ」

 そう言うと、叔父さんは僕のために8本も9本もバナナを取ってくれ、僕が脇に抱えていたカゴに、えっさほっさと押し込んだ。

 深夜のこんな時間にゴリラみたいにバナナを貪るのには断固賛成しかねたが、しかし、叔父さんの好意に対してわざわざ「僕はゴリラじゃないんだから」などと反論する熱意もなかったので、叔父さんが好きなだけバナナをほうり込めるように、カゴを叔父さんのほうに傾け、腰さえかがめてやった。そうすると、叔父さんも嬉々として全身でリズムを取りながら、わんさかバナナを盛った。

 我々は愉快なバナナ狩り隊だった。

 そして叔父はバナナを未だ取り続けており、僕の脇に抱え込んだカゴはもうとうの昔に限界を迎えていたのだ。代わりに叔父は僕の肩にあのバナナのカーブの凹みをかける具合にのせたりしていた。そうして、二本のバナナが連続して僕の首のうなじにのせられたとき、とうとうバランスを失い、「わっ」と短く叫びながら僕はよろけて転がり込んでしまった。カゴの中に詰め込まれていた40本近いバナナも、僕の肩や首や腕にかけられたバナナも全部が全部墜落し、バナナの雪崩が起こってしまい、中には叔父のアキレス腱に直撃したものもあった。

 しかし叔父は強健極まりなく引き締まった人間だったし、何より僕への愛情に満ち溢れていた。雪崩を起こしたバナナに埋もれた僕を直ちに救うべく、バナナというバナナを荒々しく搔き分けると、僕に優しき手を差し伸べてくれたのだった。

「叔父さん!」

「甥よ!」

 我々はひしと抱き合うと、すぐまたバナナ園の散策を開始するのだった。

 しかし、2時間ほどバナナ園散策をした頃、唐突にその事件は起こってしまった。

 突然、叔父が「甥よ!」と叫んだかと思うと、僕の頬に平手打ちを食らわしたのだ。それも、一度や二度ではおさまらなかった。頬だけに限らず、尻から首から肩から、体の部位と言える部分はぬかりなくパシパシと叩いて回るのだった。

「お、叔父さん!」と僕は悲痛の叫びを上げたが、しかし叔父はとうとう僕のくるぶしを殴るまでやめなかった。彼は低く屈みこんでまでして僕のくるぶしに殴打を加えていたのだ。その執念たるや!

 僕の全身をくまなく殴り終えると、彼はさっさと歩き去り、バナナ園から退場してしまった。僕も慌てて彼のあとを追ってバナナ園を退場したが、何度、どうしたんです、と恭しく問いかけても答えは返ってこなかった。僕は突然の豹変に涙を流してしまいそうになっていた。

 そして驚くことに、バナナ園のすぐ隣にある家に帰ってからも叔父の仕打ちは続いた。

 彼は手始めといった具合に、まずしっぽり仲良く並んでいた2つのベッドのうち、僕のベッドをひっくり返した。その時、彼は「やっ!」とそれらしく叫んだ。僕が戸惑っていると、叔父はそのベッドをありったけのパワーでもって持ち上げ、窓辺まで運ぶと、窓を割って外へ放り投げてしまった。その部屋は2階だったので、ベッドは窓から飛び出してバナナの木にぶつかりながら墜落し、カエルみたいにぺちゃんこにひしゃげてしまった。

「叔父さん、いったいどうしちゃったんだい!」

 僕はわあわあ泣いた。

「黙れ、今日からおまえはあのひしゃげたベッドで寝るんだ! おまえのマシュマロみたいな脳みそを外気で冷やすといい!」

 叔父はそう叫ぶと、僕を窓から地に落ちたベッドめがけて投げ飛ばした。

 おかげでその夜は、さめざめと泣きながらバナナと毛布にくるまって眠ることになった。おやすみ前の頬へのキッスもおあずけだった。やれやれ、いったい叔父に何があったというのだろうか。悪い夜風に当たって気が触れてしまったのだろうか。

 次の日の朝、焼いたクッキーを手に笑いながら謝ってくれる叔父を想像して待っていたが、叔父はとうとうクッキーを焼いてはくれなかった。これまで、毎朝のようにクッキーかソーセージかの焼きあがった匂いで目覚めさせてくれた叔父だったが、今朝はとうとう、その素敵な習慣に恵まれなかったのだ。

 クッキーの代わりに叔父がもってきたものと言うと、丸焼きにされたとびきり大きなウシガエルだった。

「これは、おれが食うんだ! おまえも自分の飯は自分で作りなさい!」

「お、叔父さん、いったいどうしちゃったんだい!」

 と、僕は叫んだ。

「そんなこともわからんのか、おい、自分で考えて自立して生きなさい、いつまで甘えたら気がすむんだね。もうおまえのためにエプロンを腰に巻いたりはせんぞ!」

 丸焼きにされたウシガエルをこれでもかと食い荒らす叔父を横目に、僕はどうしたものかと考えた。

 昨晩、バナナをうなじにかけられたときによろけて転んだのが叔父を呆れさせてしまったのだろうか?

 いや、あるいは、叔父のアキレス腱に当たったバナナが何かしらの作用をもたらして、叔父を豹変させてしまったのだろうか?

 いやいや、ひょっとすると、昨晩眠る前に歯を磨くのを忘れていたから怒っているのだろうか?

 しかしいくら考えても叔父がこれほどまでに厳しく僕に接する理由など、わからなかった。そして、僕が叔父に答えを求めるたびに平手打ちが右から左からキツツキみたいに鋭く飛んできたし、フライ返しで尻を何度叩かれたことか! 赤く腫れ上がった尻のせいでジーンズはバリッと股から裂けてしまったほどだ。

 僕がジーンズの裁縫を叔父に頼み込むと、叔父はこう言った。

「針はおまえの目玉を突くためにあるんだ!」

 僕は股の裂けたジーンズを放り出して飛んで逃げ帰るしかなかった。そしてバナナの下でごろっと寝転びながら悩みに悩んだ。震えてさえいた。頭が干からびてしまうまで考え続けて腹が減ればバナナを拾って食って、を繰り返していると、あっという間に夜になった。

 と、その時、叔父が読み終えたらしい新聞が割れた窓から放り投げられてきて、ぱさっとベッドの脇に落ちた。

 あるアザラシに関する医学的研究が載っていて、科学薬品会社が新たに製薬特許を取得しており、ある携帯電話会社の株価が暴落していた。

 と、その時になって僕はやっとのことで、今日の日付が3月25日であることを知ったのだった。

 そうだ、3月25日は僕の誕生日だ。

 いったい何歳だったろう……そうだ、20歳だ。昨日の零時に僕は20歳になったのだった。20歳と言えば法的に見れば成人、僕はバナナ園を散策していながら、知らないうちに大人のカテゴリーに否応なく押し込まれたということになる。

 そしてそれが、叔父の「自立しなさい」という言葉と繋がったとき、時刻はすでに今日をもう3分ほどで終えるという時間になっていた。

 そこで僕はもうひとつ重要なことを思い出したのだ。

 明日、3月26日は叔父の誕生日だったのだ。

 そして、叔父は零時をもって45歳を迎える。45歳、そう、厚生労働省によると45歳はちょうど中年という区分にカテゴリーされる。

 僕はそのことに気づくと即座に立ち上がり、駆け出し、叔父のいる二階の寝室に慌てて駆け込んだ。例え、往復ビンタされようと、尻をしこたま殴られようと、そんなこと気にしている場合ではなかった。

 しかし、すでに零時を示す鐘は厳かにボオン、ボオンと重く鳴り響いてしまっていたのだ。

 間に合わなかった……!

 45歳を迎えた叔父は、昨日まで引き締まっていたあの頑健極まりない体をだらしなく垂れさせ、下腹にはだるだるになった充分すぎる贅肉を溢れさせ、頬はだらっと重く涙のように垂れ下がってしまっていた。髪の毛はみるみる抜け落ち、まぶたが下がり、つい昨日までギラギラしていた眼光は鈍くなっていた。

 叔父は時の残酷さによって中年カテゴリーに無理やり押し込められ、実に典型的な堕落した中年になってしまっていた。

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